「勝利の代償」
そのメックは、邪魔がいくら入ろうが最初から一貫して遥を狙っていた。
優れた機動力の高速追撃機として名高いクルーズチェイサーである。
へクトールのハイランダ−の横をすり抜け、チグラーシャの放ったLRMの
雨の中を潜り抜け、最後の砦である久遠すらも無情にも飛び越えていく。
「しまった!こいつは最初から遥しか標的にしていないのか!?」
飛び越えられた久遠は機体を急速反転させようとするが間にあわない。
狙いを付けたレーザーが的確に遥の機体に着弾して装甲を破壊してゆく。
「!?」
トドメとばかりにもう一撃叩き込もうとした敵が動きを止める。
それは、自分の動きについてこれるメックが接近したからに他ならない。
「長くは持ちません。時間は稼ぐので後の事はお願いします。」
雑魚メックその一として名高いワスプで無謀にも天敵に挑む者。
リート・ヴィンセントは運を天に任せるしかない心境だった。
だが、誰かを護るためになら絶望的な状況下でも諦められない。
やるか、やらないかを問うような状況ではない、やるしかない状況。
もっとも今のリートには、敵を挑発しながら逃げ回る事しかない。
幸いにも敵は彼女に興味を示した様で誘いに上手く乗ってくれていた。
リートが粘れるのはどう考えても僅かな時間の間だけである。
久遠達は全力全開な猛攻を遠慮なく目の前の敵に加える事に腹を決めた。
「うぉおおおおおおお!!大雪山おろしぃぃぃぃぃぃ!!!」
ボレアリスのアナクロ風なクリップハンドでクイックドロウを掴んでぶん回し、
これまたアナクロな技で魂の趣くままに景気良く、かつ盛大に大空へ放り投げた。
派手な音を響かせ、クイックドロウは地面に頭から突き刺さり、数秒後に爆散した。
「ははははは、今日は埋葬費用を気にしなくて宜しいので出し惜しみしません。」
禁断の技であるハイランダー式埋葬法を乱発しているヘクト−ル。
そこいらには大安売りされた技により、煎餅と化した敵が転がっていた。
「トリガー引きっぱにゃしは久々の感覚だにゃ、ストレス解消にゃのだ。」
いつもはチマチマ未練がましく弾を出し惜しみしているチグラーシャ。
気兼ねなくミサイルを撃ちまくる様は、知る者からするとかなり異様と言えた。
「よし、あら片付いたな!へクトールは遥の回収を頼む、猫は援護を頼む。」
彼らは目の前の敵を竜巻のような速さで駆逐し、遥の安全の確保を最優先にした。
戦況も有利になっていたので、僅かながら判断に隙ができた事は否めない。
その結果、遥より危険な状況におかれていたリートの運命が決定した。
ワスプの頭部に容赦なくレーザーが突き刺さり、薄い装甲ごと打ち抜いた。
「し、しまった!?そっちのフォローを先にすべきだったか!!」
久遠は自分の判断の誤りに気づいたものの、既に手遅れの状況と言えた。
コックピットの位置を貫かれたワスプは横転したままで燻っている。
その敵は戦況不利を悟り、すぐさま反転して戦域外へ離脱してしまった。
久遠達は自分達より多数の敵を撃退する事に成功し、戦術的には勝利していた。
力尽きて行動不能になった遥を無事に回収して護る事にも成功していた。
だが、囮となったリートがその代償として支払われる結果となってしまったのだ。
久遠達にとっては、最後の最後で後味の悪い嫌な幕切れとなってしまったのである。