「不幸中の幸いなのか?」
「あ〜こりゃだめだ。まともに使えそうな部品がほとんどない。」
完膚なきまでに叩きのめされ、穴だらけで転がっているメックの中から声がする。
「むう、エンジンはご臨終、ジャイロ貫通確認、駆動装置もほとんど駄目だな。」
外でオロオロしているのは、この機体の持ち主であるリート・ヴィンセント。
一方、中に入ってゴソゴソと損害状況を調査しているのはこの部隊で一番偉い人。
「機体の損害状況も非常にアレで、君が生還できたのが不思議なくらいだよ。」
調査を完了し、その損害状況の酷さに彼は心底呆れ果てていた。
頭部完全損壊、左腕と右脚欠損、エンジン・ジャイロ使用不可、駆動系もほぼ壊滅。
このような状況から生還している彼女は異様な悪運の持ち主と言えるだろう。
もっとも、無傷とまではいかなかったが、軽傷で済んでいるのが不幸中の幸いである。
とは、言うものの、機体を失った彼女は肩を落としてしょげていた。
今にも泣き出しそうな顔を見て、彼は慰めるように言葉を付け足した。
「とりあえず。代わりの機体を用意する間にしっかりと怪我を治しておいてくれ。」
彼女の顔色がパッと変わるのを見て、照れたように彼はポリポリと頬をかいていた。
「まあ、今回の件に関しては全面的にこちらで補償するから心配するな。」
本来、偵察機である20tメックのワスプで本格的な戦闘に単に首突っ込んだならば
自己責任であると言えるのだろうが、今回は事情が事情なのでこうなるのだ。
「司令!?あ、あの、ありがとうございます。」
天敵ともいえる高機動メックのクルーズチェイサーに文字通り叩き落された彼女。
イリュージョンさながらの脱出をする羽目になった事でも彼は同情していた。
「礼を言うのはこっちの方だよ。おかげで娘は無事だった。ありがとうな。」
傍から見れば補償する側が、補償される側にお礼を言う妙な構図である。
しかしながら、この件に関して彼が責任をもって全額補償する理由は明快だった。
愛娘を護るために彼女は囮として命がけで敵を引きつけてくれたからだ。
彼の娘はメック戦士としての腕前は良いのであるが、アルビノゆえの虚弱体質なので
戦闘が長引くとバテてしまい、時には気絶して戦闘不能になる事がしばしばあった。
今回はよりにもよって、有力な敵との交戦中にそういう事態に陥ったのだ。
娘を狙った敵を引っぺがし、状況を打開するきっかけを作ったのも彼女だった。
結果、頭部に直撃を受け、運良く緊急脱出できたものの、近くの池に落っこちて
溺れかけたという悲惨な結末は、誰の目から見ても同情するに充分過ぎると言えたのだ。
同時刻:魔窟と呼ばれた村雨の研究室内
「要約すると『この機体をここで運用したいから協力しろ』、って事だよね?」
村雨は呆れ顔で話を持ち込んできたその親子に目を向けた。
この機体に関して、彼女の家系が開発を担当したという特別な事情があった。
円滑に新型機を運用するには、機体に詳しい彼女の協力が欠かせないと言える。
「ええ、機体本体の調達は既に完了、搬入ルートは王家公式の裏ルートだから。」
母の方は、普通はありえない入手方法を当然のごとく彼女はさらりと言う。
「迷惑かけてごめんなさい。私のせいでみんなが困っているから・・・。」
娘の方は声もそうだが体も小さくして見るのも痛々しいほどしょぼくれていた。
「・・・仕方ないわね。遥の頼みなら協力しない訳にもいかないわね。」
そう言って村雨は小さくなっている遥の頭を優しく撫でた。
「とりあえず、司令に貸し一つね。いいわねセレス?」
セレスと呼ばれた遥の母親は、遥の頭を撫でながら黙って頷いた。