「月下戦線」

 

 淡い月明かりだけが互いの存在をこの世に照らし出す冬の寒空の下。

 そこでは静寂と雷鳴のような破砕音が不定期ながらも交互に繰り返されていた。

 人類が生まれ出る遥か昔の時代から繰り返される自然の摂理である漆黒のベールが互いの存在を覆い隠し、それが戦況の流れを把握する事を一層困難なものとしている。

古今東西、夜間戦闘に関しては手探り状態の乱戦模様で戦局は推移するものと言えた。

 幸か不幸かこの青年が直面している戦場は、今がまさにその状況なのである。

 

「!」

 

 視界を微かに横切ったシルエットに動体反射だけで即座に照準を合わせ、躊躇無くトリガーを引き、右腕から放たれた閃光を問答無用で叩き込んだ。

 影を突き刺さした光の矢が、一瞬とはいえ自分に敵対的な存在を映し出す。

 

「なるほど、敵の指揮官もまるっきり無能と言うわけではないようだな。」

 

闇夜に浮かび上がったのは影の主は、偵察メックであるスティンガーのようだ。

 先ほど撃退した奴とは損傷箇所の有無から判断するに別の存在のようだ。

 つまるところ、偵察メックを多数投入する事で夜間の情報不足を少しでも補い、こちらより効果的に重いメックを運用して戦局をひっくり返そうと狙っているらしい。

 この推測を裏付けるように各戦域で、敵偵察機との接敵報告が次々と飛び交い始める。

 

「そういう事なら黙って見逃すわけには行かないようだな!」

 

脅威となりうる敵の目と耳を一つでも多く確実に叩き潰すのが勝利の鍵であろう。

敵に堂々と正対し、殲滅の意思表示を叩きつける双腕を敵に向かい展開させた。

対する相手は機動力を駆使して、破滅的な現状からの離脱を試みようとしていた。

 だが、叩き込まれていく存在否定の意思は、その姿を屑鉄へと変貌させてゆく。

両腕を吹き飛ばされ、その身を覆う薄い殻は滅びの願いに次々と砕かれていく。

しかしそれは、肝心要の現実逃避のための機能を奪い去るまでには至らなかった。

その身を容赦無く襲う滅びの願いから逃れるための試みは達せられたように思われた。

だが、そこに待っていた現実は安息の未来ではなく、破滅の終焉だった。

 

 追う者と追われる者以外の手による認識外からの狙い済まされた強烈な一撃。

 狙い違わずその胸を打ち貫き、地面という終着点へ問答無用で打ち倒す。

 その一撃は公私ともに自分の傍に寄り添う者により放たれたものであった。

闇夜に溶け込むように潜んでいた黒い鉄巨人と対照的な雪のように透き通る白い肌、

偽りを知らぬ純粋な眼差しの鮮やかな深紅の眼、そして月夜に照りかえると幻想的な光を放つ白銀の髪を併せ持つ不思議な少女。

 生まれながらにしてその身に陽射しを浴びる事を拒絶され、月夜で照らされた静寂な外界しか知らぬ不遇の身ながらも炭火のような暖かさを持つ稀有な存在。

自分が今現在、寝返ってまでこちら側に身を置いているのも全てはこの存在のため。

今の自分は過去にこだわりも無ければ、現状にも何一つ後悔も迷い無い。

今、自分自身の心にあるのは『彼女と共に未来を歩みたい』という想いだけ。

 願いにも等しい不確かなものを信じ、貫いている自分を滑稽とも思っている。

 

「敵偵察機1機撃破、次は本命が来ると思われる。全周防御にて警戒されたし!」

 

その願いを貫き通すには、この月夜に潜む悪意を一つ残らず叩き潰すしか道は無い。

 国がその存在と行動を正当性化するためのくだらない大義になど興味は無い。

世間の人間が興味を示す地位や名誉や金の存在など、すでに今の自分の眼中に無い。

 

 

 ただ、彼女と共に在る未来のために今宵も月下の戦場で戦い続けるだけである。

 

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