「腹黒の久遠、でも懐は薄っぺら?」
「あれ?この辺まで戦闘が拡がっている報告なんて無かったよね?」
気圏戦闘機シルフィードを駆るマリエッタ・ツヴァイエル(通称マリエル)は首を捻った。
地形と地図比較し、出撃前に送られてきた戦域データと重ね合わせても合点が行かない。
進路上の丘陵地帯からは今も黒煙が次々と立ち昇っていた。
「まずいなあ、ジャガーメックとかライフルマンが進路にいたら致命的だなあ。」
対地支援のために増槽と爆弾を鈴なりにさせた彼女の機体はまさに火気厳禁。
しかも敵の迎撃機に察知されないように低空を飛んでいる状況。
レーダーは逆探知されて敵に位置を知らせてしまうので今は停止させている。
この状況下で対空戦闘に特化したメックに奇襲を許すとなると分が悪い。
噂をすればなんとやら、マリエルの目にジャガーメックのシルエットが飛び込んできた。
「わわっ!!」
敵味方識別を頼りにするならば、そのジャガーメックからは友軍の信号は出ていない。
しかも完璧に敵の射程圏内であり、低空で飛び込んできたマリエルは格好のカモでしかない。
だが、敵は沈黙したままで撃って来る事はなく、マリエルは何事も無くその横を通過した。
「・・・あのジャガーメック・・・撃破されて間もない機体だったけど・・・。」
マリエルがすれ違いざまで見たのはズタズタに打ち抜かれたジャガーメックの姿だった。
しかも機体が未だに燻っていたので、撃破されてから間もない機体のようであった。
「まさかとは思うけど・・・こんな所に味方がいるのかな?」
少し高度を上げたマリエルの目に飛び込んできたのはメック同士の大乱戦であった。
ざっと見回したマリエルはギョッとして背筋が寒くなっていた。
そこに見えたのは1個中隊以上のライフルマンとジャガーメックの残骸の山。
スクラップに変えたのは白いメックを先頭とした友軍のメック部隊。
彼らは未だに残った敵の部隊と殴り合いの真っ最中である。
「こちら狼小隊。進路上の障害を排除完了しつつあり、どうぞ?」
傍目から見ても、こちらのメック部隊の方が圧倒的に優位のようである。
それよりも、隊長機である白いメックにもその声にもマリエルは覚えがあった。
「進路上に障害があるなんて報告なんてなかったんだけれど、説明してよ久遠君?」
腐れ縁とも言えるだろうが、マリエルと久遠は何かと顔を合わせる事が多かった。
大抵が厄介事の時だったためか、マリエルとしては会うたびに気が重い。
最初の出会いは、敵だった頃の久遠がマリエルを撃墜した事に始まる。
久遠はマリエルを捕まえたが、それ以上の事はせずにこっそり解放した。
恩があるとは言え、久遠に問答無用で叩き落された事には変わりは無い。
味方になった今でもマリエルは、なんとなく苦手意識を彼に対して持っていたのである。
「久遠君?こっちの緊急発進の報告は届いていたハズだったよねえ?」
それはそうと、敵の防空網が潰れていなければマリエル達は全滅していたハズだ。
故意に知らせなかったら、マリエルとしても許せない行為である。
「そこら辺は今回も大目に見てくれ、お前らの到着次第で戦場の流れが決まるからな。」
久遠はマリエル達が迂回しないようにワザと報告をしなかった。
迂回すれば対地支援が遅れ、結果として戦局が傾きかねないからである。
通過時刻までに対空メックだけは徹底的に叩き潰したのが彼なりの誠意であろう。
「・・・一回ぐらいはご飯をおごってもらうからね。それで貸し借りは無しにしとくよ?」
公と私の立場に挟まれている彼の立場を解っているから強くも言い返せない。
「了解した。俺の財布で払える範囲で考えておいてくれ。」
久遠の貧乏な事を思い出したマリエルは、別な物をねだれば良かったと後悔したのだった。