「久遠の黒歴史」

 

「なるほど、緊急時に対応できるだけの最低限の戦力を確保すると言うのが主旨ですね。」

 

 長い黒髪と黒眼を持つ女性は、目の前に山のように提出された案件に目を通していた。

 彼女は独立遊撃戦闘団「狼小隊」の後方集団司令という幹部クラスの人間である。

 名前は瑠璃・ヴァラサム、歳は若いがこれでも伯爵の爵位を持つ貴族でもある。

 

「はい、この点は極めて重要ながら今までの我々が先送りしてきた件でもあります。」

 

 この提案を書類に纏めて提示したのは彼女の目の前に居る男である。

 

「最低限の備えぐらいは待機させておきませんと正直に言って不安です。」

 

 近隣星系の恒星連邦の正規軍が揃いも揃って根性無しだったために連鎖的に戦局が悪化。

 それを五分の状況まで押し返したのは彼らの不眠不休の努力による結果である。

 最近まで逼迫した戦況ゆえに最前線への戦力配備が最優先課題となっていた。

 戦線後方の哨戒を担当する機体までもが最前線へ送り込まれる状況下では当然の事ではあるが、隙だらけの戦線を突破して侵入してきた敵のゲリラ部隊に手を焼く事となったのだ。

 

「その件では、久遠君に大変な苦労をかけてしまいましたね。」

 

 その一件で一番の被害を被ったのは久遠防人と言う彼女の直属の副官だった。

ゲリラが出没するたびに何とか戦力を引っかき集めて即席の討伐部隊を作りあげ、

モグラ叩きにあちこち駆けずり回った彼の苦労は想像を絶していた。

 

「細かい点はいくつか修正する必要はありますが、この件は私の権限で許可しましょう。」

 

 瑠璃の視点から見てもこの案件は非常に魅力的だった。

 戦力編成に必要な時間が減るのならば対応がその分早くなり、被害を減らす事に繋がるからだ。

 なにより、得られた戦訓を次に生かすのが指揮官としての務めでもある。

 

「とはいえ、余裕の無い状況ですので回せる機体は二線級になる事は覚悟しておいてください。」

 

そして、乗り手も経験が少ない新米が中心になる事も久遠の予想の範疇内である。

申し訳無さそうにする上司とは対照に彼の顔に落胆の色は見えなかった。

 とりあえずは、頭数だけでも何とかできれば上出来だと彼は最初から考えていたのだった。

 

「その点は心配ありません。二線級の扱いに関しましては誰にも引けは取りません。」

 

 普段からロクな戦力を回してもらえない彼にとっての戦場はいつも過酷だった。

 彼の手元にある駒は、駄作・欠陥・道楽の三点セットの機体ばかりだったのだ。

 そのような状況下でもキッチリと敵の正規部隊を撃退してのけていた。

 

「久遠君・・・それは、私への皮肉ですか?」

 

 さっそく書類に訂正を加えていた彼女は手を止めて久遠の方を横目で睨んでいた。

 

「ご自由に解釈して頂いて結構ですが、モグラどもの拠点叩きにおいての一件はお忘れなきよう。」

 

 それに対する久遠の返答は、低く静かで感情がまるで入っていないほどの完璧な棒読みだった。

 

「「・・・。」」

 

 ゲリラ達は拠点に強襲級を含む有力な戦力を大量に隠していた。

 対する久遠は、この強力な敵に寄せ集めの戦力で挑まねばならなかった。

 しかも、数の面でも劣っているという状況下で彼は勝利をもぎ取ってきた。

 ドラゴンを殴り倒し、ハンチバックを踏み潰し、グリフィンを投げ飛ばして突き進み、

最後に肉薄してくるアトラスをジャンプキックで蹴り倒し、地獄の底に沈めて彼は生還した。

 三途の川原を泳いで戻ってきたような彼の心境はいか程のものだったか・・・。

 皮肉の一つで済むならば、それに越した事は無いだろう。

 彼の思い出したくも無い封印された黒歴史の一つである事は確実だった。

 

「改造する許可も費用も出しますから・・・棒読みはやめてください。」

 

 

 瑠璃は上目遣いで彼を見上げながら、追加の書類も付け足す事にした。

 仕方ないとは言え、彼の忌まわしき記憶を作りあげた原因の一端は自分にもある事を自覚していた。

 本気で怒った時の彼の前では、地位も名誉もお金ですら何の意味も持たない。

 少々の改造費くらいならば先行投資という理由で周りも納得するであろう。

 なにより、有能な副官に辞められてもされては一大事である。

 予定外の譲歩を引き出せた彼にとっては、棚からぼた餅な状況であった。

 しかしながら、思い出したくも無い過去を掘り返された彼は、その日一日ずっと不機嫌だった。

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