「借りてきた猫の手」

 

闇という名の漆黒に覆われた戦場は、そろそろ山場を向えつつあった。

 淡い月明かりの下、この地の防人が次々と拠点に集結しつつあった。

 その数は、砲火を交え始めた時の約半数にまで減っていた。

 隣の戦域に敵の主力が確認されたため、この戦域の戦力を急遽再編成し、増援という形でそこへ送り出してしまったせいである。

 今のところ、牽制と索敵を兼ねた偵察機が多数侵入してきているだけで、特に有力な敵戦力がこの地区では確認されていない事を考慮しての事である。

 この地に留まっているのは機動力が乏しい機体と予備戦力のみである。

したがって、久遠防人はこの戦区の最上級の指揮官となってしまったのだ。

 

 

「どうやら、敵の偵察機はさっきので最後らしいな。」

 

 残された戦力で即興の中隊を編成し終えた久遠は一人考えていた。

敵の偵察機は見つけ次第、当る幸いで片っ端から撃墜している。

 取り逃がした偵察機も少なからずあったものの、敵の夜間索敵能力の大半を潰せたようだと彼は分析をしていた。

 とはいえ、敵の戦力が本当に今把握しているだけとは思えない。

 

「あからさまに主力は陽動だな、とはいえ、増援無しでは支えきれないか。」

 

 敵主力はあからさまに周辺地域の戦力を釣り上げる餌である。

 しかしながら、装備も数も揃えて来ている為に中途半端な対処はできないのだ。

 司令はその辺をキチンと見抜いて、必要最低限の戦力はここに残している。

強襲級こそいないとはいえ、重量級を含む18機ものメックがここにはいる。

まあ、中身については出所様々ゆえにツッコム気は無いのだが・・・。

その上、彼は敵の動向の他にも頭が痛い問題をもう一つ抱えていた。

 

「遥、このまま行くと連戦になると思うが本当に大丈夫か?」

 

 序盤戦で体力と神経を相当すり減らしているはずのパートナー。

 寄り添うように彼の傍にいつもいる小さな姫君は長丁場には耐えられない。

 アルビノと呼ばれる先天性白皮症のせいで生来虚弱体質なのである。

 

「は、はい!機体は・・・どこも壊れていませんから大丈夫です。」

 

 表情を見なくても良く解るほど疲労困憊な様子がにじみ出る彼女の返事。

 戦況と自機の状態を把握するだけですでに限界のようで、自分の体に気を配る余裕と言うものが、すでにコレッポッチもアリやしない。

 

「無理だと思ったら俺達に構わず下がってくれ、これだけは頼む。」

 

 マジメで良い子の鏡みたいな彼女は自分の限界を超えようと突っ走る。

 自分の事より人の事を心配する優しさゆえに毎回無茶を繰り返す。

 

「え、ええと、前回は失敗しましたけど今回は大丈夫ですよ。たぶん・・・。」

 

 言葉の最後に本音が無意識に出始めているあたり、精神状況はすでにマズイ。

 ちなみに前回は、戦場のド真ん中で気を失った彼女を機体ごと回収する羽目になった。

 

「解った。お前がどうしてもそうしたいなら、俺はもう何も言わない。」

 

 意地でも最後の一線を譲ろうとしない遥に根負けした久遠。

 諭すのを諦めて、最悪の事態にならないように頑張る道を選ぶ事にした。

 もともと、彼女と言う猫の手を借りた司令の手前もあるのも理由の一つだ。

条件付きでも戦力として期待できるなら猫の手すらも借りてくる。

これは、戦力不足という現実が生み出した戦場の日常的な歪みとも言えるのである。

inserted by FC2 system