「教えて姫先生」

 

 

「と、言う訳でみんなの先生をやる事になりました。」

 

 戦闘訓練のために集まった集団の前で少女はそう宣言した。

 普通なら「何を言っているんだこの子は?」という状況であろう。

 だが、ここに集まった者でそれに異を唱える者は一人も居なかった。

 数々の実戦で証明した確かな技量と実績を彼らは知っているのだ。

 天野姫花という撃墜王の存在を・・・。

 

「ここに居る人とは、一度は組んだ事があるから大丈夫だと思うけど・・・。」

 

 質問がある人は手を挙げてからというお願いをする姫。

 すぐさま手が上がり質問攻めに会う。

 そのどれもが微妙に的をずれた質問である。

 

「模擬戦の組み分けはじゃんけんですか?それともくじ引きですか?」

 

 久遠は模擬戦の組み分けに関心があるようで、チーム分けの仕方について質問した。

 彼は中隊長をしている関係上、編成等について最近悩みを抱えていた。

 

「えっと、中間をとってアミダくじではどうかな?」

 

 どの辺が中間なのかは謎だが編成に関してはアミダくじに決まったようだ。

 次に彼の傍で手を挙げている遥が質問する。

 歳も同じで狼の耳と尻尾が付いた服を着ている女の子。

 姫とは仲が良く、よく一緒に遊んだりもする間柄である。

 

「えっと、マラソンとかそういうのはあるのかな?」

 

 メック戦は短時間に急激な機動を連続で行なうものである。

 当然ながら、それに耐えられるだけの体力が必要となる。

 メック乗りの選定基準の一つにもあげられるくらい重要な項目だ。

 ランニングや筋力トレーニング等が一般的な訓練項目である。

 

「遥ちゃんには別方面で頑張ってもらうから、そっちは気にしなくていいよ?」

 

 遥はアルビノで虚弱体質であり、筋力トレーニングなどしようものなら間違いなくひっくり返る。

 生活に必要な筋力さえ維持できれば彼女の場合は問題無いと兄からも言われている。

 彼女には怪我人などの応急手当やデータ管理を担当してもらう予定となっている。

 運動をしなくて良いと解ると遥は安心したらしく笑顔を見せている。

 

「先生!シュミレーターで使う機体は好きに選べるのかな?」

 

 遥と違い正真正銘のキツネっ子であるリートは気になる点をつっこんだ。

 シュミレーターを使った訓練は、データさえあれば実際の機体を再現する事も可能だ。

 狼小隊では、多種多様な機体のデータを収めているために使用機体も桁違いだ。

しかし、大抵の場合は教官が選んだ機体に生徒を乗せる事が多いので、生徒が自由に選べる機会は余り無いと言って良かった。

慣れていない機体の訓練となると勝手が違う為に部隊が大混乱に陥る事もよくある。

 

「基礎はみんなできてるから、好きなものに乗ってもらう方向でいきます。」

 

メック乗りの基礎訓練は、乗り手と機体との相性も考慮されながら行なわれる。

様々な機種に触れてもらい、その中で性に合った機体を選んでもらう事が多い。

だが、目の前に居る面子は自分の機体というものが確立しており、基礎訓練は終了済み。

他の機体に触れるよりも、愛機との一体感を増す為の訓練を行なった方が理想的である。

 

「姫先生はどんな機体を使うのですか?」

 

 4番目に質問したのは桃と呼ばれる最近になって入った新人である。

 技量や運については理解できるものの、彼女の機体選択に関して疑問があった。

 シュミレーターで何度か姫に相手になってもらった事はあったものの、全戦全敗。

 それは、毎度違う機体を使用してくるので対策がまるで立てられないからだ。

 

「上はアトラス、下はポーンクラブまで一通り使えるよ?」

 

 カミオンが彼女の教官適正の最たる特徴としてあげているのがこの能力。

 高機動戦から陣形を組んでの突破戦まで幅広くこなし、乗る機体を選ばない事。

姫のような軽量級から強襲級まで問題無く乗りこなすのは非常に稀な存在である。

 

「今日の昼飯は何時にするっすか?」

 

 えらくトンチンカンな質問をしているのは通称リートのオマケ。

 リートを追っかけまわしており、リートにとっては天敵である。

 ただ、目の届かない所で何かされるよりは、目の届く所で彼を管理してもらった方が良い。

 リートはそう考えたのでカミオンに相談してこうなっている。

 流れを全く無視した質問に姫は素でつまっている。

 

「姫先生、この馬鹿を裏の畑に埋めて来て良いでしょうか?」

 

 日比野の肩を掴んでいる久遠は作り笑いを浮かべながら物騒な事を口に出す。

 本気で息の根をとめて埋めかねない黒いオーラが今の彼からは立ち昇っていた。

 互いの視線がぶつかり合い、火花を散らすように睨み合う。

 それまでのホノボノとした雰囲気が嘘のように一瞬即発の状況となる。

 横に居た筈の遥は怯えたようにリートの後ろに隠れている。

 リートもこういう久遠を見るのは余り無い為か固まったままだ。

 元々、久遠には遥に関するある件で日比野に対して殺意が生まれていたりする。

 この時点で久遠は容赦無しの殲滅対象に日比野という存在を認定した。

 その後、リートに泣きつかれて彼から庇った経緯から双方完全な敵対関係となっている。

 幾度とも喧嘩はするものの、久遠の全戦全勝。

 本気で怒らせた久遠が相手では日比野に勝ち目は無い。

 外堀を埋め、退路を塞ぎ、使える手段を全て揃えてから攻めてくる。

 怒涛のような手段を選ばぬ連続攻撃のまえに日比野は完膚なきまで撃破される。

 遥に対して見せるような優しさなど嘘の様な冷酷で残忍な方法も織り込んでくる。

 火と油のような関係の二人は日を追うごとに険悪さを増して容赦もしない。

 結果、日比野の株は下落の一途を辿っている。

 

「畑に不法投棄物を埋めると海賊さんが怒りますからダメです。」

 

 土着した海賊が畑の管理を行なっており、不法投棄物など埋めようものなら即座に報復行動に出るのは目に見える。

 そうなると兄にも迷惑がかかる事となる。

 それは絶対にダメだ。

 それにもう見飽きた構図なので姫は正直呆れている。

 先に進めるためには先生役である姫がこの場を収めるしかない。

 

「二人とも、元気があり余っているので早速ですが私の相手になってもらいます。」

 

 喧嘩っ早い二人に少し怒っている姫は対戦相手として彼らを選んだ。

 姫が宣言したその瞬間、睨み合いを続けていた二人は固まった。

 それが、死亡宣告を受けるようなものである事は二人の表情が物語っていた。

 

「私の使用機体は神威、そっちは好きなメックを選んでください。」

 

 姫は二人に対戦条件を一方的に提示する。

 表情は笑顔ながら目がちっとも笑ってないのは一目瞭然。

 大体、神威を自機に選択している段階で負ける気などさらさら無い。

 訓練とは言え手加減する事など姫は今まで一度もしてこなかった。

 対戦相手には、鬼のような弾幕と無慈悲な格闘攻撃が待っているだけだ。

 

「二人がかりでいいから、私が飽きるか、私から一本取るかまで続けますよ♪」

 

 姫は先生として二人の生徒に教訓と言う鉄槌を下す事に決定した。

 喧嘩両成敗なのが姫らしい裁き方ではあるのだが・・・。

 温厚な姫を怒らせると久遠以上に恐ろしく、そして容赦が無い。

 この場の主導権は12歳の女の子によって握られていた。

 

「「イエッサー!!」」

 

 二人はその圧倒的な気迫に押されて喧嘩を中断、訓練に即突入する事となった。

 槍衾のような弾幕で蜂の巣にされたり、接近戦で蹴り殺されるなど当たり前。

 容赦の無い攻撃が延々と繰り返される様はまさに地獄絵図。

 彼らは日暮れまで続いたこのような地獄の中で一つの答えを出した。

 

 姫の行なう訓練中は休戦にする事。

 

 彼らが教訓を得たことにより、以後の訓練が非常にスムーズになった。

 姫先生恐るべしという評価が初日で付いたのは言うまでも無い。

 彼女を先生にしたカミオンは報告書を見るなりこう言った。

 

「姫ちゃんには鬼教官になる素質が充分ある。」

 

 褒め称えるのだか、困っているのだか解りかねる微妙なコメントを残している。

 これが証明されるのはかなり後の事である。

 

 十数年後の氏族戦において、地獄の特訓で鍛え抜いた教え子達を率いて参加した傭兵部隊がいた。

 獰猛な氏族に次々と大打撃を与えて再編成すら許さぬ状況にまで追い詰めた規格外の集団。

 あの氏族が戦略で負け、戦術で負け、論戦で負け、勝負にも負け続けた。

特に相対した氏族達を片っ端からお星様へと加工していったメックは伝説となっている。

圧倒的な性能の氏族メックが次々と屠られる様は異様な光景。

氏族人から、戦士として畏怖され敬われていた小柄な女性。

彼女とその仲間達を氏族はこう評価した。

 

『中心領域には、氏族のような高い戦闘能力を持つ集団が存在する。』

 

と、評価され資料として氏族側に僅かに残る事となる。

当人は誇る事をしなかった為に中心領域ではその名は余り知られなかった。

 「天野 姫花」と呼ばれるメック乗りの名前が・・・。

 

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