「誕生!姫先生」

 

物心ついた時には家族がすでにいなかった。

その代わり、そんな自分を妹として迎え入れてくれた人がいた。

恩返しするにも兄の仕事の簡単な手伝いくらいしか自分にはできなかった。

その中で、子供の自分では限界がある事も嫌と言うほど知った。

だけど、兄はいつもそんな私にこう言ってくれた。

 

『大切な事は諦めないで最後まで頑張る事、だけど本当に苦しい時には誰かに相談する事。』

 

 兄は、一度決めた事は最後まで諦めずにやり通す事をキチンと実践していた。

 その姿を見てきた私には、それがいかに困難であり、大切な事なのかが解っていた。

 だからこそ、私は今も兄の仕事を手伝い続けていた。

 それに、兄は困った時は誰かに相談しなさいと言ってくれていた。

 子供だと馬鹿にしないで、ちゃんと話を聞いてくれる大人が確かに自分の周りには沢山いる。

 相談相手には事欠かないのは、非常に幸運だと私は感じていた。

 何人もいる姉と大勢の兄の仲間達。

 自分がどれだけ恵まれた環境にいるのかは言うまでも無かった。

 

 

「急用って、お兄ちゃんは私にいったい何の用なんだろう?」

 

 兄の部屋へ続く廊下を歩きながら私は首を傾げていた。

 兄にすぐ来てくれないかと言われたのはつい先ほどの事。

「私をお仕事で呼ぶような事ってあんまり無かった事だよね?」

 いつもは兄の方から会いに来てくれるので、呼び出される事はほとんど無かった。

 ただ、何回か呼び出された事は確かにあった。

 

「・・・お説教されるような事って、最近私はしたかなあ?」

 

 頑張りすぎて無茶な事も自分は何度かした事があった。

 その時は兄に必ず呼び出されて、お説教された記憶がある。

 

「あっ、そういえば先週はかなりいろいろ壊しちゃったような・・・。」

 

 先週はいろいろ忙しくて無茶してしまったような気がしていた。

 それに関してのお説教だろうか?

 いろいろ考えているうちに兄の部屋の前に到着してしまった。

 正直会うのがちょっと怖いけれど、兄を待たせる訳には行かないとも思った。

 

「・・・素直に謝ろう。」

 

悪い事をしたら、まずは謝らなければならない。

そう思いながら扉を軽くノックをする。

 

 

「開いているのでどうぞ。」

 

 中から聞こえてくる声からはそんな様子は感じられない。

 少しホッとしながら私は扉を開けた。

 

「あの、おじゃまします。」

 

 恐る恐る扉を開け、兄の表情を確かめるが不機嫌な様子はどこにもなかった。

 兄は横目で私を見ながら積み上げられた書類を片っ端から処理していた。

 

「どうした?お説教なら今日は無いぞ?」

 

私の様子がどことなくソワソワしていたのを一発で見抜く兄。

表情や私の声音からあっさりと分析してしまう兄には誤魔化しは効かない。

それも、お説教を怖がっている事もズバリ言い当ててくるあたりは流石である。

 

「えっ?てっきり先週の事でお説教されるかと思って来たんだけど・・・。」

 

どうも、私の早とちりだったらしい。

そんな私に兄は仕事の手を止めて苦笑していた。

 

「先週の件はこちらの不手際が原因だ。むしろ上手く捌いてくれた君を褒めなくちゃならない。」

 

 そう言って心配するなと右手をヒラヒラと振っていた。

 私は怒られずに済んだ事に心底安心した。

 この兄を本気で怒らせた時の凄まじさは、ちょっとしたトラウマともなっているくらいである。

 

「用事があるのはこれに関しての事なんだけど、姫ちゃんの将来の夢は確か先生になる事だったよね?」

 

私の事を姫ちゃんと呼ぶ兄にだけ、ほんの一度だけ話した事のある将来の夢。

学校にもキチンと通った事がなかった私だけれど、周りの人たちが勉強も見てくれていた。

その中で私も誰かに何かを教えてあげられる人になりたいと思うようになっていた。

友達の遥ちゃんは、本に囲まれている図書館のお仕事か、久遠君のお嫁さんになるのが夢らしい。

私も漠然とながらも先生と言う職業に憧れて、将来の夢として兄に話したのだ。

 

「とりあえずコレを見てくれないかな?」

 

 兄から手渡されたのは何枚かの書類が挟まっているファイルである。

 

「?」

 

 中に挟まっていたのは顔写真付きの履歴書だった。

 これは何なのだろうと兄の方を見直してみる。

 

「姫ちゃんはこの人達の先生をしてもらいます。」

 

 兄がサラリと言った爆弾発言に私は驚いてしまった。

 

「ほへっ!?ええっ!!だって私はまだ12歳だよ!!!」

 

 素っとん狂な声を思わず上げてしまって兄に笑われてしまった。

 12歳になったばかりの私に先生なんて務まるはずが無い。

 それも大人の人に教えるなんて場違いもいいところだ。

 

「私のようなお子様にそんなの無理だよう。」

 

 私のようなお子様に大人の人達の先生をやれと兄は言っているのだ。

 無茶どころか無謀ともいえる人事であろう。

 こういう風に遠回しに意地悪されると泣いてしまいそうになる。

 そんな泣き出しそうな私を見て、兄は慌てて言葉を付け足してきた。

 

「メックについての先生だから、姫ちゃんでも大丈夫。それに知ってる人も生徒だしね。」

 

 目をパチクリさせて、もう一度渡された履歴書を見直してみる。

 

「あっ、久遠君だ。こっちには遥ちゃん。それにリートさんや桃ちゃんもいる。」

 

 見知った顔がそこにはずらりと並んでいた。

 これなら何とかなりそうな気がしてきた。

 困った事があっても久遠君がフォローしてくれるだろうし。

 それに教える事がメックに関しての事なら何とかなりそうである。

 

「と、言う訳です。姫ちゃんは姫先生としてメックの事を教えていただきます。」

 

 断わっても良いよ?とも、言ってくれる兄。

 最終的に選ぶのは自分。

 子供扱いせずに自分で選択させる事も兄なりの配慮であろう

 兄は私でもなれる先生の道を探してくれていたのである。

 それが、メックの先生ではなくともイロイロ経験にはなるだろうと思って。

 

「はい、先生としてこれから精一杯頑張ります。」

 

 

 答えは決まっていた。

 何事もやってみなければ解らない。

 解らなければやってみるしかない。

 夢や憧れだけで終らせるなんて絶対嫌だ。

 自分のできるかぎり頑張ってみよう。

 目の前にいる兄のように。

 

 

おまけ

 

「いやー、姫ちゃんが教官の仕事を引き受けてくれて正直助かった。」

 

 書類を片づけた彼は部下達の前で本音を洩らしていた。

 本来の教官達は、ド素人の新米の相手で手一杯だったからである。

 水準以上の者に訓練をできる教官など一人も余っていなかった。

 

「ま、良い子の姫ちゃんなら先生として問題はなかろう。」

 

 腕組みしながらそれに答えるのはゴッツイ体の初老の指揮官。

 姫に砲撃技術と重量級メックの扱い方を教えた張本人である。

 

「それにメックの扱いに関して、あの子と並ぶ者はうちには5人といないだろう。」

 

 戦術や戦略と言った小難しい事を抜きにすれば文句無しに恒星連邦の近衛軍にも勝る技量。

 足りない分は生徒として放り込んだ久遠が何とかするだろう。

 なにより一生懸命なその姿勢が評価されての大抜擢だ。

 

「ふむ、指揮官の連中でもあの子は特別な存在のようだからな。」

 

 本人は理解してないようだが、部隊からの信頼も厚く、慕う者がかなりいる。

 苛烈な戦場で彼女に命を救われた者達がいったいどれほど居たであろうか。

 結果、次期総司令の座に彼女を押す者が士官達の半数以上を占めている状況である。

 

「この報告書の、戦闘力が規格外、行動方針が全力全壊、大尉並の発言力、冷静さが鬼軍曹って・・・。」

 

 末っ子の妹が、先週暴れ回った時に提出された部下達からの報告書を分析した総評。

 とてもじゃないが12歳の小柄な女の子に対する評価とは思えないよう評価。

 しかしながら、一個小隊を指揮していたのは紛れも無く彼女だ。

 

「あの子が通った後にはペンペン草すら残ってないからなあ。」

 

 どこか遠い目で話す初老の指揮官は、育て方を少し間違えた事から目を背けていた。

 徹底的に相手を叩く戦闘スタイルは、彼の教えた事だったからである。

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