『はるかなる遠き星にて(前編)』
「はっくしょん!!」
ジーク達に手紙が届き思い出話に華が咲いている頃、ドラコ連合と恒星連邦の境界線にある惑星クラノスYの草原の小高い丘にて一人の男が盛大にくしゃみをしていた。
その男はかつてのジーク達の司令官であり、ジーク達の話の種にされているカミオン・ヴァラサムご本人である。
「だれか俺の噂しているのかな?」
まったくもってそのとおりではあるが、当のご本人は自分の事を小市民と思っているので大物扱いなんかされた日には、今のように盛大にくしゃみをしてしまうらしい。
「風邪じゃないしな、どうせジーク達が噂でもしているんだろうが・・・」
自分にとっての宿敵でもある連中を追っかけさせる事に同意したのは他でもない、あんな危険な奴等を野放しにしておけないのと自分の家族とも言える仲間たちにした事を考えれば直接自分が追い回したいぐらいだ。
しかし、それは傭兵ながらもこの惑星を守らなければならない防衛軍の総司令としての立場が邪魔をする。
うかつに自分は動けない身なのだという事は自覚しているし理解もしている。
だが、それでも悪党は放っとけない性質なのである。
だからこそ、ジーク達だけでも行かせたのであるが・・・やっぱり心配だ。
送り出したあの時は、2個大隊で2個連隊を破った激戦の直後だった為にロクな戦力を与えてやれなかった事を彼は未だに悔やんでいた。
80tのオウサムを与えながらも根が心配性なのか、この人はまだ何か送る気である。
「せめてブラハンの1機ぐらいは最低でも送ってやらんといけないなあ。」
そんな事を考えながら彼は遠く澄み切った空を眺めながらそう呟いた。
彼らは自分にとって護るべき家族である、だが今は何か問題が起きたとしても自分達はすぐには駆けつけられないのである。
定期的に状況を知らせてくれるリートの通信と、雪奈の従姉妹のラドフォードの手紙だけが情報元として存在するのが現状である。
「・・・!」
と、何を思い出したのか彼はゴソゴソと懐を探り出した。
懐から出て来たのは一通の手紙である。
差出人はラドフォード・アンカースとなっている。
朝っぱらに届いたばかりのもので、提出されてきた書類の山の中に埋もれていたのを見つけて懐に入れといたのだがすっかり忘れていた。
むろん、きっちりデスクワークはさっさと片付けておいたのではあるが、仕事に熱中し過ぎたあまりにその存在を認識外にドロップしてしまったようだ。
彼は、草の上にあぐらをかいて早速開いて手紙を読むことにしたようである。
その手紙は綺麗な文字で丁寧に書かれており、まずは丁重な挨拶から始まり、最近身の回りでおきた事やジーク達のこと、そして悩み事の相談など多岐に渡っている。
「ふむふむ、ジーク達は特にこれといって変った事が無いようだが・・・」
ジークと同じく考え事をしていると顎に手を当てる癖は彼らの共通の癖のようだ。
「ラドフォードも元気そうだな・・・何よりだ、妹に何かあったら大変だからな。」
ちなみに彼にとって血のつながりも何も無い雪奈もラドフォードも妹として頭の中では扱われている。
彼女達も彼を兄として慕ってくれているので何も問題は無いのであるが・・・。
ポフッ
軽い音とともに後ろから彼は誰かに抱きつかれていた。
後ろを見るまでもない、小さなその手と軽い衝撃から誰なのか、彼は容易に判断できた。
「お兄ちゃん何しているの?」
小さくて無邪気な女の子は、まばゆいばかりの笑顔と明るい声で手紙を読みふけっていた彼に抱きついたのは、きっと遊んで欲しかったのであろう。
「ああ、ラドフォードからの手紙が着たんだ、一緒に見るかい?」
彼女は彼にとって一番小さな妹である。
今年11歳を迎えたばかりである、まだ遊び盛りのお年頃と言うわけだ。
「え?私が見てもいいの?」
でも、ちゃんとこの年で一般的な遠慮や配慮をわきまえているしっかりものだ、さすが末っ子。
「ま、姫ちゃんは口が堅いし、約束はちゃんと護る良い子だから特別に見せるんだけどね。」
この女の子は本名が天野 姫花(あまの ひめか)といって無国籍一家カミオン兄弟の末っ子として彼に引き取られた戦災孤児である。
その本名と小さくてかわいらしい容姿から愛称が姫になったのであるがそれは別の話。
「うん、私ちゃんと護ってるよ、だれにも言わないって約束だよね?」
両手万歳の状態で元気に約束をしっかり護っている事をアピールする。
人としてこういう事は秘密にする事が常識なのだが出来ない奴等もいる。ジークと梓が特にそうなのだ。
確かに約束は護ろうとするのだが簡単に誘導尋問に引っかかったり、答えが顔に出てしまうのだ。
さらに、当の本人らには悪気も悪意も無いので対処しようも無く、えらく性質が悪いのである。
彼は彼女の秘密にする約束を護れる小さな頭を大きな手で撫でてあげた後、抱き上げてくるりと半回転させて自分の足の間に座らせた。
こうすれば二人で無理なく仲良く手紙が見れるのである。
そうして昼時のホノボノとした時間が過ぎてゆく。
「ん?もうこんな時間か・・・お昼にしようか姫ちゃん。俺の機体に弁当積んできたから持ってきてくれないかな?」
3回じっくりと読み返し終えた時には1時を過ぎていた。
お昼といっても二人にとってはちょっと遅めの昼食である。
「うん、取ってくるねお兄ちゃん。」
そういってパタパタとこれまた元気に彼女はお弁当を取りにいく。
「まあ、今日くらいはのんびりしたいなあ。」
彼は寝転がって静かに草原を吹き抜けてゆく風の音に耳を傾けながら目を閉じた。
いろんな意味で激闘続きの環境にいた彼の偽らざる本音が口から漏れたのは、きっと昼時の陽気につられたせいであろう。
続く