「ツバクロ騒動序章」

 

「やれやれ、休む暇も無いな。」

 

 日も暮れて虫の声が聞こえ始める頃になり、やっと仕事が片付いた。

 このところ敵の襲撃がまた盛んになってきたようで待機人員が増やされている。

 そして、いつも当りくじを引当てるのは俺のいる待機組みである。

 今日のお仕事は警戒ラインを越えて来た敵に対する阻止行動。

 敵の腕前はヘボイのだが、しつこさだけは一流と言ってもいいだろう。

 結果として今の時間での帰還と相成ったわけだ。

 

 

 それはさておき、早速ある場所へ向う。

 夜分遅くに向う奴は普通いないが、俺にとってそこへ脚を運ぶのはいつもの事。

 予想通り部屋の鍵も開いており、明かりもついていた。

 中に入り見渡すと部屋の片隅にうず高く本が積み重ねられている一角があった。

 ここは様々な蔵書が収められており、貸し出しもしている図書室である。

俺は夜中にこんな所で本を読みに来る物好きでもないのだが仕方が無い。

 本の山陰を覗いてみると予想通りに彼女はそこにいた。

 銀色の髪と真紅の瞳の小柄な女の子。

 白い肌とは対照的に真っ黒々の服と狼の耳と尻尾までついているのが特徴。

 夢中で本を読んでいるらしく傍まで来ても気が付いていないようだ。

 

「遥、ただいま。」

 

 しばらくたっても気付いてくれないので脅かさないように小声で彼女に話し掛ける。

 彼女はそれでもビックリしたらしく、慌ててこちらを振り返った。

 その慌てようがなんとも微笑ましく思える。

 

「お、お帰りなさい。お兄ちゃん。」

 

 ずっと夢中に読んでいた本を閉じると姿勢を正してちょこんと座りなおした。

 彼女は、本に夢中になりすぎて周りの事に気がつかなくなる癖がある。

 それほど彼女は本が好きであり、夢中になれる物なのだ。

 今では夜中の図書室の管理も任されているらしい。

 小さくても司書の一人でもあるのだ。

 

「今日は何の本を読んでいたのかな?」

 

 夢中で読んでいた本に少し目を向けると小鳥の絵が表紙には描いてあった。

 彼女が大好きな動物図鑑の一つで小鳥を中心とした図鑑らしい。

 ちなみに俺が好きな本は「古今東西兵器大全」という同じく図鑑形式の本だ。

 見ていると真っ当な考えでは及びもつかない珍兵器が非常に笑える。

 何を考え、そこに至ったのかに想いを巡らせるのも一興な代物だ。

 おっと、考えが横に逸れたか?

 

「えっとね、燕さんについて調べていたの。」

 

遥は本を抱えて俺の横にちょこんと隣に座った。

 俺が見易いように気を使ってくれているようだ。

閉じていた本を再び開いて読んでいた部分を見せてくれた。

子育てしている様子を図解入りで丁寧に解説されていた。

 しかし、なんでまた遥は突然燕について調べようとしていたのだろう?

 

「あのね、お母さんの仕事場の所に燕さんが巣を作ったの。」

 

 そういえば、そろそろ子育ての為に巣を作り始める季節にだった。

 彼女の母親の仕事場である格納庫にも燕がやって来たらしい。

 それで、つばめに興味が沸いたのであろう。

 

「なるほど、アレは人のいない所には巣を作らないからな。」

 

 燕は外敵が寄り付きにくい人の居る所に巣を作る習性がある。

 燕が巣を作る所には人はいるし、やって来る。

 ゆえに店屋などでは千客万来の吉兆として丁重に扱われている。

 

「それでね、燕さんの事をいろいろ調べていたの。」

 

きっと巣を見上げながら遥は目を輝かせていたに違いない。

 動物大好きの遥かなら飽きずに一日中見上げているだろう。

 その様子を想い描いてちょっと微笑ましいと思ってしまった。

 実際、目の前でも一生懸命小さな体を使って精一杯身振り手振りで説明してくれる。

 俺は正直疲れて眠かったが、彼女の手前何とか睡魔に耐え切った。

 何事もはまり込んだら一直線の素直さが俺には眩しかった。

 説明が終わり、疲れた遥が俺によりかかって眠る頃には朝になっていた。

 スヤスヤと静かに幸せそうに眠る遥。

 一方の俺は気が気じゃなかった。

 

(こりゃ、燕の巣に何かあったら一大事になりかねないなあ)

 

と、言う事実に気がついて眠気など吹っ飛んでいたのである。

 世の中には理解に苦しむ行動を取るような奇特な連中も多いのだ。

 何か防護策を練っておく必要がある。

 

 後日、この杞憂が現実の物となろうとは悪夢以外の何物でもなかったのだが・・・。

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