「ツバクロ騒動第2話」

 

「と、いう事です。解りましたか久遠君。」

 

 副司令である瑠璃は、副官の久遠に今後の対応についての説明をしていた。

 不機嫌大絶頂ではあったが、やる事だけはやるのが副司令である彼女の信条であった。

 いつもいつも自分の頭を悩ませる副官がよりにもよってこの件の担当者に選ばれた。

 

「ようは、燕の巣と人命以外は考慮せずに力の限り暴れて良いという事ですか?」

 

一方の彼は命令を自分なりに理解し、要約して彼女に聞き返していた。

 

「・・・どこをどう解釈したらそういう結論に至るのかな?」

 

 聞き返された彼女は引きつった笑みを浮かべていた。

 対する久遠は躊躇せずに返答する。

 

「司令の出された命令には目的達成の為なら他の部隊からの戦力の拝借許可、物的損害の許容宣言、条約違反にならない範囲での全ての手段・武器の使用許可といった項目を合理的に判断して要約したまでですが?」

 

 久遠の言っている事は間違ってはいない。

 間違ってはいないがただしそれは最大限に拡大解釈した場合の基準である。

 

「・・・・せめて被害は最小限にしてくださいね。」

 

 ただでさえ出費が多い彼に好き勝手やらせたら、それこそ部隊が破産してしまう。

 部隊運営を担当している彼女にとって彼を野放しにする事ほど恐ろしいものは無い。

 それもあって目の届く所に置いておく為に副官に任命したのだが・・・。

 

「了解です。重要な施設だけは吹っ飛ばさないように注意します。」

 

 彼は最初から損害を出す事を前提で行動する事を宣言した。

 なんで彼に兄は任せてしまったのだろうと彼女は目眩を覚えていた。

 

「・・・久遠君・・・一つ聞いていいかな?」

 

 ちっとも理解してくれない副官に対して疲労感が彼女を支配していた。

 しかし、ここで彼女もさすがに気がついた。

 

「わざと言っていませんか?」

 

 金運は無いが頭は悪くない彼。

 トンチンカンな問答をしてくるのは嫌がらせ以外の何物でもない。

 

「別にうちの部隊への補給がケチだとか、情報が適当だとか、副司令の対応がなげやりだとかは本件には全然関係ありませんよ。」

 

 頬を膨らまして怒っている瑠璃に対し、久遠は冷やかな目で彼女を見ている。

 

「まあ、うちの台所事情も厳しいのは解りますが、もうちょっと何とかしてもらえませんかね?」

 

 彼女が部隊に二線級と駄作機体しか回さなかった事。

 敵情報が本当に適当で全くあてにならなかったこと。

 補給物資を主力部隊に回してしまい彼らには補給が回らなかった事。

 そのわりに敵の一線級部隊と対峙する事が多かった事など様々である。

 

「生き残るために物的損害だけはどうしても出ちゃいましたからねえ。」

 

 久遠が本気で怒っているというのを瑠璃はヒシヒシと感じざるをえなかった。

 確かに彼の損害が増えた理由の原因が自分にもあった事を忘れていた。

 

「今後の待遇を改善してくれるなら被害を最小限に抑えますけど?」

 

 彼はなかば脅迫まがいの取引を彼女に持ちかけていた。

 任務において被害を抑制する代わりに自分の部隊の待遇改善要求を突きつけて来た。

 本来、交渉上手の彼女にとって取引というものは非常に有利な戦場である。

 

「解りましたから・・・そんな目で見ないで下さい。怖いですから。」

 

 何者にも天敵は存在する。

 彼女の場合は通称裏モードと呼ばれる久遠がそれだ。

 目的達成の為ならば血も涙も無い残虐ファイトすらも実行する三等兵。

 遥というパートナーができたおかげでかなり丸くなってなりは潜めているものの、こういう場合にはたびたび過去の彼が表に出てくる。

 冷徹で計算高い彼のもう一つの顔が・・・。

 

「了解しました。損害を抑えつつ敵部隊をボコボコにしてみせましょう。」

 

 一転していつもの表情に戻る彼。

 瑠璃はホッとしつつもある大事な事に気がついた。

 

「久遠君。さっきみたいな顔を遥にだけは見せない方がいいわよ。」

 

 副司令ではなく、遥の伯母としての彼への忠告。

 ただでさえ怖がりな兄の娘に先程の表情を見せたらどう思うだろう。

 泣かれる事は必死であろう。

 

「ああ、それなら大丈夫ですよ。」

 

 頭を掻きながらバツ悪そうに答える久遠。

 

「遥は全部知りながらパートナーになりましたから、確かに今でも怖がりますが。」

 

 久遠の暗黒面を知ってでも許容してしまう遥だからこそ彼は彼女と一緒に居る。

 先程のような顔をすると不安な顔をするが嫌われる事は無い。

 解っているから必要な時は必要なだけ暗黒面を出しまくる。

 確かに彼女には良い顔はされないが・・・。

 

「・・・心配した私が馬鹿だったようですね・・・。」

 

 よく考えたら敵だった彼を寝返らせて戦場から引っ張ってきてパートナーにしたのは遥のほうだった。

 過去の彼を知っていて当然だというものだ。

 

「遥は自分よりずっと強いですよ。精神面だけならばですが。」

 

 どんな状況でも一途に信じ続けたあの心の強さは自分より上だと久遠は主張する。

 ただし、元々アルビノで虚弱な彼女は体力面で一般人よりかなり劣る。

 

「たぶん無茶をすると思いますのでフォローをよろしくお願いします。」

 

 自分の体力を考えないで頑張る遥を的確にフォローできるのは彼だけである。

 特に今回は彼女にとっての死活問題ゆえに自分からは絶対引かないであろう。

 

「はあ、その辺は毎度の事なので何とかしてみせます。」

 

 一方の彼も手馴れている。

 ほぼ毎回、行動不能になる彼女のレスキューは彼の日課だ。

 彼自身の損害の原因が実は遥にある事は遥には秘密である。

 頭が痛い問題ではあるが、金で解決できる問題であるのでホッタラカシにしていた。

 瑠璃もその辺の事情は解っていたので借金を肩代わりしていた訳だが・・・。

 

 それはともかく、この一件は予想外に大規模な騒動となりつつあった。

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