『たとえ血の繋がりは無くとも』
「ふう、なんとか今日も生き延びれたみたい。」
目の前に横たわる自分がしとめたライフルマンとエンフォーサーの残骸を見つめながら溜め息をついた。
サリア・イクサイズは過酷な戦場で今日も生き延びれたようだ。
今日の戦いは哨戒中の遭遇戦であり、瞬く間に乱戦となった。
彼女は目の前の敵に対処するだけで手一杯な状況となった。
持てる力を出し切って、必死に戦い抜いたからこそ生き残れたのだ。
自分の部隊に損害が無い事を確認したうえでシートにへたりこんだ。
戦闘の緊張が解けるといつもこうなってしまう。
何度戦闘を重ねてもやはり怖い事は怖い。
乗っている機体の性能は折り紙つきなので新兵の自分でもそれなりに戦えている。
元の乗機であるスティンガーに乗ったままならすでに自分はこの世にいないであろう。
義理の兄であるカミオンから貰った黒き猟犬ブラックハウンドは新兵の些細なミスすらも許容してのける。
55t級でもたぶん最高峰にあると思われるその性能。
それでも、仇に勝てるかどうか不安である。
理由はメックの性能ではなく自分の技量。
たとえ優秀な兵器を持っていても使いこなせなければ、単なる木偶の坊である。
「明日はわが身か・・・。」
調子に乗らないようにと、この言葉をよく口にする義兄。
失機者だった自分を拾い上げてくれた恩人でもあり、近隣に身寄りもいない自分を彼は家の末席に加えて便宜を図ってくれた。
つまり、彼の妹になることで自分は予備のメックを譲り受けたのだ。
それが今の愛機であるブラックハウンド。
乗り手次第では凶悪なまでの強さを発揮できる代物だ。
その能力を自分が引き出せているとは言い難い。
引き出せるようになるまで生きられるかどうか凄く不安になる。
それでも応えねばならない。
自分を信頼してくれている義兄に・・・。
「それにしても狼小隊は変な部隊よねえ・・・。」
まずは名前、他の星にも派遣されている部隊を含めると1個連隊規模なのに・・・なぜ小隊?
語呂が悪いから改名しないというのがもっぱらの噂だ。
次に失機者に対しての差別がまるで無い。
そんな事に対してはくだらん悪習慣程度にしか考えてないようだ。
だから失機者だった自分に対して周りは親切だった。
3つ目に保守整備関連が異常なまでに充実しているのだ。
整備施設の充実振りは元より、部隊のメック戦士でも古参ともなれば設計ぐらいできて当然という状態。
そもそも部隊の長である義兄ですら設計ができるという。
専門職の整備兵ともなれば神の領域に入っている方々が多数いる。
『メックは壊してもいいから生きて帰って来い。』
と、初の出撃の時におやっさんと呼ばれる整備班長に言われた。
メックの換えはいくらでも利くが、乗り手はそうは行かないというのが彼らの持論らしい。
4つ目は義兄の妹の多さだ。
自分を含めて12人はいるらしい。
全員揃う機会はそう無いと彼は言っていたが・・・。
そのほとんどが血の繋がらない義理の妹ではあるが、本当の妹のように扱っている。
その5、部隊編成が1小隊4機でないことである。
それに今日の編成はお暇な人が即興で組んだ暇つぶし小隊である。
今日は6機編成の不正規小隊で哨戒に出ていたのだ。
その6、戦力の構成についても問題がある。
自分と同じく義兄の妹である姫花が駆るブラハンに、義兄の養子である「はるか」が乗るブラハンもどき。
それに中隊長の日向の駆るバッファローは狼小隊だから良いとして、なぜに正規軍のストライクに海賊のグランドドラゴンが参加しているのか非常に疑問だ。
海賊とすら引き入れる義兄。
大物過ぎる・・・。
「それにしても、何で恒星連邦のメックばかり敵として出てくるのかなあ?」
最大の疑問がこれだ。
今まで遭遇して戦った敵のほとんどが恒星連邦謹製メックばかりだ。
ライフルマン、エンフォーサー、ヴァルキリー、シャドホD型、フェニホD型とか・・・・。
逆にドラゴンやパンサーと遭遇する方が珍しい。
と、いうかそれらは味方に多い。
なんか変な気分だ。
今日にしても、敵はライフルマンが3機、エンフォーサー、マローダD型、ヴァルキリー2機、シャドホD型という構成だった。
見事なまでの恒星連邦正規軍セットである。
まあ、敵に他の星で回収された友軍機がニコイチ・リサイクルされ、この星に送り込まれている事を彼女が知るのはもう少し後の話である。
「おいサリア、敵が見えないからといって油断するな。」
真っ先に敵に突っ込んで暴れていた日向は周囲を警戒し、戦利品を回収している味方の援護を行なっている。
その横ではストライクがヴァルキリーを運ぼうと躍起になっていた。
彼は単にへたり込んでいるサリアをからかっているだけなのであるが・・・。
「ご、ごめんなさい日向隊長。」
慌てて、周囲の警戒を始める。
それを見て苦笑する日向。
「こっちいいから、こっちの方を頼む。」
ライフルマンを担ぐドラゴンを横目に見ながら、遥のブラハンもどきの方を指差している。
傍には姫花のブラハンが寄り添っている。
「え?は、はい!?」
遥のブラハンもどきの傍に慌てて移動する。
「遥、大丈夫?」
同じくへたれこんでいても、理由は自分とは違うかもしれない。
アルビノで虚弱体質である彼女は特別なのだ。
「う、うん・・・なんとか・・・大丈夫。」
そうは言うものの、息も荒く、顔色も悪い。
疲労による体力の消耗が原因のようである。
快適な機内環境を保つウルトラエアコンが作動していてこの状態。
もう少し戦いが長引いたら危なかった。
「怪我は無いし、少し休めば大丈夫かな?」
遥の状態を見たサリアはすぐに彼女の状態を把握した。
彼女のもう一つの使命が遥の護衛である。
アルビノで不自由な生活を送る彼女の世話も担当している。
そのせいか非常に仲が良い。
彼女と同じく仲が良い姫花は心配そうだ。
ともかく、すぐには動けそうも無かった。
「日向隊長、近くの部隊に合流してもらった方がいいかもしれません。」
サリアと姫花が動けそうに無い遥の機体の移動をするとなると、護衛は日向だけとなる。
さすがにそれはマズイ。
「ああ、その点については司令の小隊がこちらに向かっているそうだ。」
すでに増援は手配していたらしい。
猪突猛進の性格でもさすがは中隊長。
「そうですか、なら安心です。」
義兄の小隊が来てくれるらしい。
ホッとして、またシートにへたり込む。
遥も同様に安心してぺたりとシートにへばり付いている。
血は繋がらなくとも自分にとっては頼れる兄であり、彼女にとっては父親である。
それが自分にも感じ取れた。
それから増援はすぐに到着した。
義兄の小隊はなんでか来るまでに1個中隊に膨れ上がっていた。
みんな暇だったらしい。
今日の当りを引当てたのはどうも自分達だけだったらしい。
それはともかく今日は疲れた。
自分の隣で静かに寝息を立てている遥の寝顔を確認した後、自分も眠る事にした。
義兄夫婦は仕事でいない時には自分が彼女の傍にいる。
だれに頼まれて事でもない。
自分が決めた事。
自分の妹と同じくとても寂しがり屋なのだ。
寝言で何か言っているのを微笑ましく見つめながら自分も布団に潜り込む。
今日はいい夢が見られそう。
願わくば遠い星にいる血の繋がった双子の妹にも眠る時ぐらいはいい夢を見て欲しい。
妹のデルタとまた会える日を願って重い目蓋を閉じるのであった。